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Vol.42 宇宙を旅したハイスペック腕時計を、たった数枚の図案からデザイン復刻せよ。 Vol.42 宇宙を旅したハイスペック腕時計を、たった数枚の図案からデザイン復刻せよ。

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1980年代に販売され、ファンからロトコールの愛称で親しまれていた腕時計。機能の多様さや使い勝手のよさから、かつて多くの宇宙飛行士に愛用されていました。アイコニックなこのウオッチの復刻を手がけたデザイナーが、制作秘話について語ります。

宇宙服を着た助田の写真
助田直也|Naoya Sukeda 2013年、セイコーインスツル入社。2022年セイコーウオッチ転籍。セイコーセレクションを担当。好きなSF作品はスター・トレック、スター・ウォーズ。
宇宙服を着た助田の写真
助田直也|Naoya Sukeda 2013年、セイコーインスツル入社。2022年セイコーウオッチ転籍。セイコーセレクションを担当。好きなSF作品はスター・トレック、スター・ウォーズ。

Mission1:時代の空気を察知せよ。

かつて「ロトコール」と呼ばれ、1980年代に当時の人々に愛されたデジタルウオッチがありました。今回私がデザイン復刻を手がけたのは、そのモデルを元にした腕時計です。

SBJG017, SBJG019, SBJG021
デザイン復刻版のレギュラーモデル3種。メタリックな見た目に、モダンな色づかいが映える。
SBJG017, SBJG019, SBJG021
デザイン復刻版のレギュラーモデル3種。メタリックな見た目に、モダンな色づかいが映える。

ロータリースイッチというユニークな機構を持ち、八角形のベゼルを回転させると、それぞれの辺に備わった8つの機能を呼び出すことができるという優れもの。「ロトコール」という愛称は、おそらくロータリー(回転する)とコール(呼び出す)の組み合わせから来ているのでは?と想像しています。

ベゼルの回転アニメーション
タイマーやストップウオッチ、アラーム等、ベゼルを回転させることでそれぞれの機能が呼び出される。
ベゼルの回転アニメーション
タイマーやストップウオッチ、アラーム等、ベゼルを回転させることでそれぞれの機能が呼び出される。

当時としてはハイスペックだったこの腕時計は、背景にあるストーリーも魅力的です。それは「宇宙飛行士に愛用されていた」というロマンあふれる歴史的エピソードです。プロダクトが持つ物語性は、ときにスペック以上の深みを感じさせます。そうしたものづくりに携われることは、デザイナーとして本当にうれしい限りです。

宇宙を漂うロトコールのイラスト
宇宙飛行士たちにどう扱われ、そこでいったい、どんなドラマを共にしたのだろう。
宇宙を漂うロトコールのイラスト
宇宙飛行士たちにどう扱われ、そこでいったい、どんなドラマを共にしたのだろう。

個人的にも、最近手がけたデジタルウオッチを通じて、今の人々が過去のテクノロジーに再び価値を見出していることを実感していたところでした。その意味でも、ぜひデザイン復刻に挑戦したいとの想いがありました。

Mission2:過去の図面を解読せよ。

ところが、最初にして最大の壁にぶつかりました。当時の開発状況を知る人がおらず、開発の手がかりとなる図面もほとんど残っていなかったのです。すべてが手探りの状態から開発がスタートしました。

そもそも、なぜ八角形なのか。それもなぜ、正八角形ではないのか。ローレットがこんなにも大きいのは?ボタンがこれほど出っ張っている理由は?当時の開発者にその意図を聞くことはできません。

3枚の手書き図面の画像
大切に保管されてきた1980年代当時の図面。その筆跡から、設計者の静かなる熱意が伝わってくる。
3枚の手書き図面の画像
大切に保管されてきた1980年代当時の図面。その筆跡から、設計者の静かなる熱意が伝わってくる。

ただ、残された図面に記されていることを丹念に読み解いていくうちに、おもしろいことにデザインの意味や思想がだんだん浮かび上がってきたのです。

正八角形ではないのは、おそらく見た目の安定感を保つため。過酷な状況での使用を想定して開発されたのか、グローブをはめた手でも確実にモードが切り替えられる、グリップ性に優れた刻みの大きいローレット。押し間違いを防ぐための出っ張ったボタン。それらは単なる「タフな印象」を演出するための造形ではなく、使う場面まで想定された、機能美に満ちたデザインであることがわかってきました。

SBJG017ケースとベゼルの側面
大胆な刻みのローレットや、ボタン周囲の出っ張りなど。それら一つひとつに込められた過去からのメッセージを読み取り、復刻デザインへと落とし込んでいった。
SBJG017ケースとベゼルの側面
大胆な刻みのローレットや、ボタン周囲の出っ張りなど。それら一つひとつに込められた過去からのメッセージを読み取り、復刻デザインへと落とし込んでいった。

Mission3:自身のこだわりを表現せよ。

図面を読み取る作業は、過去のデザイナーとの対話であり、素材選定や構造設計、ユーザー体験に至るまで、製品開発の考え方をたどる貴重なプロセスでした。

次なる問題は、図面が存在しない、寸法が不明な箇所の再現です。そうした部分は自分の想像で安易に創作するのではなく、同シリーズの類似パーツを参考にしました。顕微鏡を使って1/100mm単位の測定をしたり、当時の加工方法を確認したりする作業を何度も重ねました。

ここで忘れてはならないのが、私のすべきことは「完全再現」ではなく、あくまで復刻という名の「表現」であること。過去を読み解くことは大前提ですが、そこに作り手としての解釈を入れることも欠かせません。それが、私がこのプロジェクトに関わる意味だと思っています。

SBJG017のカン足とバンド
オリジナルモデルの印象を残しつつ、その細部には、現代的な技術と構造が息づいている。
SBJG017のカン足とバンド
オリジナルモデルの印象を残しつつ、その細部には、現代的な技術と構造が息づいている。

特にこだわったのは、腕時計全体の質感アップです。例えば回転ベゼルは、構成する面の角度調整と仕上げの追加工でゆがみを抑えました。カン足上面は、筋目がきれいに仕上がるように挽き形状に変更。ブレスレットは構造から変更し、断面の形を見直して質感や着け心地を向上させています。サイズ感をキープすることで80年代の空気感を残しながら、すべてのパーツが進化しています。

Mission4:未来を向いてデザインせよ。

復刻モデルのデザインに取り組む中で、改めて気づかされたことがあります。それは、時代を経て残るものと残らないものがあるということ。

技術も素材も変わり、価値観さえ移り変わっていきます。けれども、図面の中に残された作り手の「こだわり」は、今もなお語りかけてくるのです。それは使う人への配慮や操作性へのこだわり、あるいはデザイナー自身の美意識だったりします。

宇宙船に乗った助田のイラスト
無限の可能性を秘めるウオッチデザインは、まさに宇宙を旅するようなもの。路はつづく。そして探究心は尽きない。
宇宙船に乗った助田のイラスト
無限の可能性を秘めるウオッチデザインは、まさに宇宙を旅するようなもの。路はつづく。そして探究心は尽きない。

遠い未来、自分が手がけた時計が復刻の対象になるかもしれない。ふと、そんなことも想像しました。そのとき向き合うことになる未来のデザイナーに、私のこだわりや想いが伝わるものづくりをしていきたいと思います。


当モデルは、現在『宇宙兄弟』とのコラボレーションモデルを好評販売中。また、ファッションブランド『Godard Haberdashery』とのコラボレーションモデルも販売。

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